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海野町商店街の歴史

昭和37年4月15日店主(仮装行列)
昭和37年4月15日店主(仮装行列)
※現在の富士アイス・カメラ東京前
海野町の誕生は今から420年程前、戦国の武将真田幸村の父、昌幸が天正11年(1583)上田の地の千曲川支流の河畔、尼ヶ渕に城を築くに際し、先祖の地、海野郷(現東御市本海野)から住人を移住させて町並みを作らせたのが起源です。
江戸時代には北国街道上田宿の宿場として繁栄しました。
明治時代になると生活様式も洋風化がすすみ、商店の業種も多様化し、代替りが顕著になりました。
明治21年上田駅開業に伴い、松尾町・天神町等が誕生し、隣接する海野町も商圏が拡大され街が賑わい上田の中心街が確立されました。
特に大正14年大門町の開通と同時に、上田丸子線の終点駅として上田東駅が開設され、この両駅を連絡する商店街として発展しました。
戦後の混乱期が過ぎ、昭和30年ごろから始まった車社会の到来は上田市の道路交通網の整備を促し、中央通り商店街(松尾町・中央1番街・原町1丁目・原町中央・原町3丁目)も道路拡幅による近代化事業も行いました。
昭和40年代前半七夕
昭和40年代前半七夕
※現在の海野町会館前


昭和42年~48年
商店街近代化事業
来るべきモータリゼーションに対応すべく東西300mにわたる海野町通りの道路拡幅を行い、店舗のセットバックによる改築を行った
歩道と車道を分離し、歩道上にはアーケードを設置、車道上両サイドにアーチを設置した。同時に商店街隣接に売地があったので駐車場として取得した。
※ 昭和45年6月28日に、初めての「日曜広場」が開催される。
昭和55年
海野町会館
海野町集会所の老朽化に伴い、組合事務所及び自治会のコミュニケーション施設等含めた四階建の海野町会館を商店街のシンボルとして建設した。


最近の歩み


平成元年歩道のカラー舗装、フットライト設置、街路樹の植栽、ポケットパークの設置等
平成3年~4年歩道の街路緑化事業
ガス灯1基設置及びアーケードの一部撤去
平成5年海野町おやきフェスティバルのイベント事業
イベント広場内に公衆トイレ建設
平成8年
海野町パーク
2層3階建の立体駐車場、イベント広場ポケットパーク及び街路緑化等を建設した。
平成12年
海野町
ふれあいサロン
空き店舗を活用して高齢者のふれあいの場づくりとして設置。
平成13年
新アーケード
エコランド設置
新アーケード設置(上田市景観形成市民団体活動)

新アーケード



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